押し入れに引き出し

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トランス(フォーム)

※本稿は主張2割、関係ない文章8割で構成されています。

 

今日見た夢の話してもいい?

…ちょっと、逃げないで。

他人の夢の話なんて十中八九つまんないって相場が決まってる?まあ確かにそうなんだけどね。どうしても君に聞いて欲しくって。

ささ、どうぞ座って。すっごく嫌そうな顔してる?まあいいや。

それで夢の話なんだけど、君はグロテスクな夢を見たことってある?私が今日見たのもその類のものなんだけどね、私にとってのそういう夢ってある程度型が決まってるんだ。だから過去に同じパターンのグロい夢を何度か見たことがあるの。君はどう?

…ふーん、そっか。あ、ごめん、君への興味を無くした訳じゃなくて、ただちょっと、どうしても淡泊な返事になっちゃう。ごめんね…直すから。

話戻すね。今日見た夢の中で私はまず、家の棚のすみっこに数匹のハムスターの赤ちゃんがいることを発見したの。意味分かんないよね。私も分かんない。でも夢の現実再現度ってこんなもんじゃない?

ハムスターの赤ちゃんが家にいる理由なんて、夢の中の私にとっても皆目見当がつかないから、その状況が怖かった。でもとりあえず私はそのハムスターたちが生きているか確認したの。こんな風に、指でつついて。そしたら皆身じろぎしたから、ああ良かったってひとまず安心したんだ。生き物の種類が何であれ、自宅に出自不明の死体があったら気味が悪いからね。

でも棚のすみっこに放置されてたハムスターが元気な訳ないじゃない?私はハムスターについて全然詳しくないんだけど、このままだと弱りそうだと思ったからハムスターたちをタオルの上に移動させたの。ハムスターを一匹一匹つまみ上げる時、つぶしちゃいそうでちょっと怖かったな。

それで移動させた後に、好き勝手動かれて部屋のどこかに逃げられたらたまったもんじゃないなって思って、タオルに乗せたまま段ボールに入れた。

その後私はちょっとの間ハムスターたちから目を離してたんだけど、ふと段ボールの中を覗いたらあり得ないことが起きてたの。さて、何でしょう?

…しゃらくさい?…ごめんって。手短に話すつもりだったんだけど、つい楽しくなっちゃって。

まあ、その、段ボールの中がハムスターで溢れかえってたんだよね。さっきまで数匹しかいなかったのに。もう大慌て。私は別の段ボールを持ってきて、中にいるハムスターの半分をそっちに移したんだけど、それでも両方の箱の中にはみっちりハムスターが詰まってて。正直キモかった。いくら可愛い生き物でも、沢山いると途端に気持ち悪いものとして脳が認識しちゃうよね。そもそもハムスターと言えどまだ赤ちゃんだから、毛も何にも生えてない赤くてすべすべのものじゃない?普通に可愛くなかったな。

しかもこの状況に慌てはしても特に疑問は抱いてなかったのが異常だった。あ~増えちゃった、くらいにしか思ってなかったな、夢の中の私。夢って道理に適ってないことに対する感度が低くて怖いよね。

そんなこんなで、段ボール2個分のハムスターを飼育することになっちゃって。箱にみちみちな状態で飼育するなんてどう考えてもおかしいんだけど、そのまましばらく飼ってた。父がハムスターのエサについてアドバイスをくれたおかげもあって、順調に育ってたと思う。ちなみに父は猫しか飼ったことないよ。…ほ乳類の赤ちゃんって、ミルクしか飲まないものなのかな?夢の中では普通に飼料を食べさせてたな…。

私はハムスターたちが毛の生えそろった可愛い姿になることを心待ちにしてた。

その日、私はいつものように段ボールの中を覗いた。今日もハムスターたちは元気にしてるかな、って。みっちみちにハムスターたちが詰まってる様子にも慣れてきた頃だった。

段ボールには、虫しかいなかったの。

クモやらあおむしやらが箱の中を這ってた。幸い、ハムスターたちがいた頃程の密度で虫が詰まってた訳じゃなかったけど、まあ、虫が沢山いた。もう一方の箱を見ても同じ。

嫌よね、嫌だよね。

でも夢の中の私は違った。その異変にぎょっとしたのもつかの間、すぐに忘れた。

本当はハムスターを飼ってたことを忘れた。昨日まではそこにたっっ くさんのハムスターがいたことを忘れた。

私は元から虫を飼ってたんだって、記憶が一瞬で塗り替えられたの。

それで私は段ボールの中を眺めながら、早くあおむしが羽化したらいいな~なんてのんきに思ってた。

 

…おしまい。

聞く価値なかった?つまんなかった?やっぱり他人の夢の話なんてどうでもいいよね…。私もそう思うよ。でもさ、それが分かってても話したくなるのが性じゃない?

この夢のハムスターが小鳥に置き換わってて、ほぼ同じ内容の夢を前にも見たことがあるんだよね。ほら、最初に言ったじゃん?私が見るグロテスクな夢はパターンが決まってるの。

…泣いてる?ごめん、すぐに気付かなくて。私が鈍いからっていうのもあるけど、今の君って表情が分かり辛いから…責めてる訳じゃないよ。君のせいじゃないし。

…さっきの話は君への当てつけなんかじゃないよ。私は今日見た夢の話を君にしたかっただけ。君が今そうなってるから話した訳じゃないって。でも、確かに無神経だったかも。そこはごめんね。

私がグロテスクだと思ったのは、ハムスターが急に虫に変わったことじゃなくて、ハムスターの記憶を虫に置き換えてしまったことだよ。確かに虫は嫌いだけど、問題はそこじゃないの。異変を無視して自分の記憶に嘘を塗りたくるなんて、気持ち悪いことでしょ?それを言い出したら、ありとあらゆる奇妙な出来事に疑問を抱かずそういうものだって納得してしまいがちな、夢そのものが気持ち悪いと言えるかも…なんてね。

…ねえ、私は今の君の姿が嫌いだけど、君そのものまで嫌いになった訳じゃないよ。今まで二人で色んなことして一緒に過ごしてきて、私はすっごく楽しかった。私が好きになった君の声も形も、いつまでだって忘れない自信があるよ。

もちろん君が元の姿に戻ってくれることが一番だけど、どんな姿の君でも一緒にいたいって思う。ほんとだよ。だから泣かないで…ずっと一緒にいよう。